80-90年代ヘヴィメタルのダウンチューニングを追想する (Soundgarden, Alice in Chains, Motley Crue, Metallica)

 エレクトリックギターのチューニングには、ドロップDと呼ばれるものがあります。
 レギュラーチューニング(EADGBE)の六弦の音を全音下げた(DADGBE)もので、このチューニングを常用するギタリストにはサウンドガーデンのキム・セイル、アリス・イン・チェインズのジェリー・カントレル(正確にはドロップDのさらに半音下げ)、トゥールのアダム・ジョーンズなどが挙げられます。三者は90年代初頭から中盤にかけて旺盛を極めたアメリカのバンドのギタリストであることが共通しています。
 (ちなみに、70年代において既にジミー・ペイジがKashmirでDADGADチューニングを使用していますが、派手にディストーションがかかったサウンドではなく、三者に代表されるようなスタイルとは少し異なっている、ということにも触れておきます。)

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 六弦の音が下げられたドロップDは当然レギュラーよりも重いサウンドになりますが、個人的にはドロップDチューニングの最大の利点とは、六弦ルートのパワーコードを指一本で押さえることができるという点(fig1,2)だと考えています。
 もともとルートと完全五度のパワーコードだけで構成されるパワーコードは、和音でありながら一つの音のように聞こえるという特徴があります。その特性がジミー・ペイジやトニー・アイオミなどの手によって活かされ、HR/HMというジャンルの礎となる優秀なリフが生み出されてきました。
 それを踏まえると、パワーコードを指一本で押さえることができる=パワーコードを単音のように弾くことができる、というドロップDの特徴は、ヘヴィな方向に音楽性を広げる以外にも、リフを作る方法論として非常に優れているし、過去のアーティストの試行錯誤からなる流れを正当に汲んだものだと思うのです。


 さて、そんなドロップDチューニングのパイオニアとされるバンド・サウンドガーデンのギタリストであるキム・セイルがこんな発言をしていました。EP『Screaming Life (1987年)』リリース当時のシーンを振り返るインタビューでの発言です。(以下抄訳)


―― あなたは、Screaming Life収録の楽曲『Nothing To Say』は、当時のバンドの中でも最も早くにドロップDチューニングを取り入れた曲だ、と仰っていましたね? 同期のバンドたち、とくにAlice In Chainsのジェリー・カントレルに影響を与えたと。

キム「そう、あれはジェリーとベン・シェパードの三人でシアトルでのDOAのライブを観に行った時のことだ。まだベンがサウンドガーデンに加入してなかった頃だね。ジェリーは『Nothing To Say』をどうやって弾いたのか知りたがってた。「あんなにヘヴィで低音がきいてるのは一体どういうことなんだ?」って訊かれてね。その時「ドロップDってチューニングを使ってるんだよ、六弦のE音を全音下げるやつだ」って教えたんだ。そしたらあいつ、「ウソだろ!」って(笑)」

 「当時のシーンにおけるAlice In Chainsは、ブギー・スラッシュ・グラム・ポップとも言うべき音楽性で知られてた。当時のLAで隆盛だったポイズンや、初期ボン・ジョヴィやモトリー・クルーみたいな感じでね。俺たちのマネージャーはAiCも担当してたから、彼らのデモテープを聴く機会があったんだ。
 で、聴いてみたら、彼らが半年前にやってた音楽性とは全然違っててさ。「なんだこれ、Nothing To Sayみたいな曲ばっかじゃねぇか!」って感じだった。それで、アルバム『Facelift (1990年)』がリリースされた頃には、もっとすごい曲ができてたってワケだ」

 「当時のニルヴァーナは『About A Girl』みたいなポップな曲をやるようになってたけど、結成当初のニルヴァーナはメルヴィンズやサウンドガーデンのちびっこ版って感じだったんだ。彼らはメルヴィンズや俺らのファンだったからね。基礎的なボーカルスタイルがそのまんまだった。バリバリに歪んだサウンドにメロディックなボーカルを乗せたきゃ、パンクロック的なグルーヴを抑えな! って方法論だね。彼らが受けた基本的な影響として、ドロップDチューニングとメロディックなボーカルという要素があるのは間違いないね」
 (※ニルヴァーナは1stアルバム『Bleach (1989年)』の時点でドロップD(『Negative Creep』、さらにはドロップC『Blew』などのダウンチューニングを導入している)


 ドロップDチューニングが、まさに直接キムからジェリーに口伝されていたという、当時のシアトルのシーンの密接な結びつきを思わせるエピソードです。


 ここで、「80~90年代におけるロックバンドのダウンチューニング」について考えたいのです。
 キム・セイルはインタビューで「87年で既にドロップDを取り入れていた」と語っていますが、彼らより早くダウンチューニングを取り入れていたバンドがいます。グラムメタルバンドの代表格、モトリー・クルーです。

 モトリーのギタリストであるミック・マーズは、活動当初から既に全音下げ(DGCFAD)と「DAFCGD」という独特のチューニングを導入していました。しかし後のキムやジェリーに通ずるようなスタイルではなく、むしろ五弦開放の音で刻むスタイルが主で、六弦D音の重さを活用したものではありませんでした。当時はモトリーもサウンドガーデンもサウンドプロダクションがヘヴィな方向に振り切れておらず、チューニングの特性が大いに発揮されていたとは言いがたいと思います。そこでボブ・ロックのプロデュースによるアルバム『Dr. Feelgood』が1989年にリリースされたわけです。
 ご存知の通り、このアルバムのヘヴィなサウンド(特にベースドラム、ベースギター、エレクトリックギター)は衝撃的な印象をもって迎えられ、バンドにとっても最大のヒットとなりました。とくにメタリカのラーズ・ウルリッヒがそのサウンドに衝撃を受け、『Metallica/ブラック・アルバム(1991年)』のプロデューサーにボブ・ロックを抜擢したエピソードでも知られています。

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『Dr. Feelgood』収録のタイトル曲は、ドロップDではなく全音下げ(DGCFAD)チューニングですが、六弦の開放弦でドゥクドゥク刻むスタイル(Fig3)は後のドロップD常用ギタリストに大いに影響を与えたと思います(正確には、この曲のニッキー・シックスのベースの演奏スタイルはKilling JokeのLove Like Bloodを元ネタにしているのでは、と思うのですが、それは別の話になるのでまた今度)。


 さて、話はメタリカへと移ります。モトリーのサウンドに影響を受けて作られた『Metallica』には、『Sad But True』という全音下げチューニングによる曲が収録されています。当時を振り返るインタビューでは、ボブ・ロックが『Dr. Feelgood』を引き合いに出して全音下げチューニングを提案したことが証言されています。
「90年代のKashmirだと思った」という着想からダウンチューニングを提案するという慧眼が、ボブ・ロックのギターサウンドに対する通史的な理解の深さを物語っています。『Sad But True』は今までにないメタリカのサウンドを印象づける曲として打ち出され、現在でもライブのレパートリーに必ず取り入れられています。

 『Metallica』は結果的に「世界で最も売れたヘヴィメタルのアルバム」となりましたが、それに二ヶ月遅れるかたちで、サウンドガーデンはアルバム『Badmotorfinger』をリリースしました。『Jesus Christ Pose』『Outshined』などドロップDチューニングを活用した名曲が収録されており、バンドの代表作の一つとして数えられています。
 そして翌年にはアリス・イン・チェインズが『Dirt (1992年)』をリリース、『Them Bones』『Dam That River』などヘヴィなリフが満載のアルバムで一躍メインストリームに躍り出ました。そして同時期、メジャー契約を獲得したToolが1st Ep『Opiate (1992年)』を発表。『Hush』はドロップDをメインとするアダム・ジョーンズのスタイルが遺憾なく発揮された名曲です。

 このようにして、80年代末・90年代初めにかけてのアメリカでは様々な形でダウンチューニングのミームが継承されていったのではないか、と僕は考えています。
 モトリーやメルヴィンズ、サウンドガーデンのように同時発生的に生まれたダウンチューニングの発想が、キム・セイルからジェリー・カントレルへ、モトリーからメタリカへと直接波及した結果、現在では当たり前のように使われているサウンドとして普及したのだと思っています。


 当時では、モトリーに代表されるグラムメタルと、メタリカに代表されるベイエリア系スラッシュメタルとは、相容れない間逆のジャンルだと見なされていました。軽薄なイメージを打ち出したパーティロック的なグラムメタルと、疎外感や攻撃性を性急なビートで歌うスラッシュメタルとではファン層が全く違ったのです。しかし、そんな相容れない二つのバンドがボブ・ロックによって繋がれ、今までにない新機軸のサウンドを完成させる、というのはなんとも痛快な物語だと思いませんか。

 同様に、サウンドガーデンやアリス・イン・チェインズなどシアトルの出身バンドは、モトリーやメタリカやガンズ・アンド・ローゼズなど80年代のスターに対するカウンターとして歓迎された、というのも面白いと思います。その背景にはニルヴァーナ『Nevermind (1991年)』の途轍もないヒットと、マッチョイズムへの嫌悪を公言していたカート・コバーンの印象があり、それによって「グランジ」というジャンルのもとに一緒くたにされ、「シアトル出身=アンチ80年代メタル」の図式がいつの間にか出来上がってしまった、という経緯が影響していると思います。
 しかしながら、実際にはジェイムズ・ヘットフィールドがアリス・イン・チェインズのライブに参加しているという事実からもわかるように、両陣営のバンドどうしは決して憎み合っていたわけではなかったのです。この記事で書いたように、無意識のうちに同時代に同様の音楽性を探究していた、ある意味で同志ともいうべき存在だったのだから当然だと思います。
 年代はもう少し後になりますが、ダウンチューニングされた7弦ギターでさらなるヘヴィなサウンドを打ち出し、90年代の疎外されたティーンのアイコンとなったKornは、デビュー前には主にモトリー・クルーのカバーをしていたという経歴があります。表層的なイメージでは正反対なモトリーとKornですが、ダウンチューニングを採用したヘヴィな音楽性を探求したバンド、というところで無意識のうちに繋がっていたのです。


 90年代当初では様々なノイズで不明瞭だった関係性も、数十年経つと思わぬところから明らかになることがあります。紋切り型な解釈ではなく、当時共有されていたサウンドを聴き比べて共通点を探すというのは非常に楽しいものです。
 パンテラのダイムバッグ・ダレル、DeftonesやLimp Bizkitなど90年代末にかけてのヘヴィメタルについてはまた別の切り口から書けると思うので、ひとまずこの記事はここでおしまい。
 なんにしても、自分たちが今当たり前に使っている様式がどのようにして伝達されてきたか、ということを考えるのはどの分野でも非常に重要ですし、これから様々な切り口で「90年代的なるもの」が解題されてゆくといいですね。





(※追記)
 手前味噌ですが、自分の音楽企画「AVVA」のアルバム『ÆNATOMY』は主にドロップDを、続編『ÆNALOGY』はDADGADチューニングを前面に押し出して作ったアルバムになっているので、もし興味があればアレしてください
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3 Comments

きゃべつ  

No title

>モトリーのギタリストであるトミー・リー
モトリーのギタリストはミック・マーズ・・・
トミー・リーはモトリーのドラマーです

2015/05/09 (Sat) 17:08 | REPLY |   

甘粕試金  

Re: No title

>>きゃべつ様

ご指摘ありがとうございます。なんという初歩的なミスを……
修正致しました。

2015/05/09 (Sat) 18:00 | REPLY |   

-  

90年代に上記のバンドのカバーをしていました。チューニングの観点から意外な系譜を顕にしていただいて、めちゃめちゃ面白く読ませていただきました。ありがとうございます。

2016/05/06 (Fri) 04:17 | REPLY |   

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