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#0805PRIDEDAY


 西暦2018年8月5日、杉田水脈をはじめとする自民党議員の度重なる性差別言行への抗議行動が、東京・大阪・福岡でおこなわれた。8月6日には愛知・三重での抗議行動も予定されている。
 本稿は、筆者が路上で読み上げるために用意した原稿である。






 今、私の手元に、件の「新潮45」に掲載された杉田水脈議員の論説、「LGBT支援の度が過ぎる」のコピーがあります。この内容が如何に誤っているかを、ひとつひとつ指摘などはしません。既にネット上には的確な批判がいくつも寄せられています。ここで私はひとつのこと、杉田および大勢の自民党議員が全く理解していないことを指摘するに留めます。「LGBT支援の問題」というものがあるとすれば、それは法権利の問題だということです。

 同性婚を否定する論者は、日本国憲法第24条を持ち出してくるわけですね。読み上げます。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」。この「両性の合意」を根拠として、同性のカップルが夫婦と同等の権利を持つことは認められない、と言うわけです。

 この時点で、これは法権利の問題であることがおわかりいただけると思います。杉田議員は、同性婚を認めると「例えば兄弟婚を認めろ、親子婚を認めろ、それどころかペット婚や、機械と結婚させろという声も出てくるかもしれ」ないと極端に走って、意図的に論点をすり替えていますが、ここではっきりと言っておきます。LGBTコミュニティが同性婚の法整備を要求するのは、民法における配偶者の条件を異性以外にも認めてほしいという、ただそれだけのことなのです。

 民法第725条には、親族のカテゴリとして配偶者が含まれています。そして婚姻のためには憲法第24条で「両性の合意」が必要とされている。これによって「同性婚なんか認めるわけにはいかない」という結論を引き出す人々がいる。しかしそもそも憲法第24条は、「婚姻をかつての『家制度』から解放する」ために明文化されたものです。2018年現在、法律上の「両性」の定義を同性カップルにも適用すること、それが憲法第24条の理念に反しているというのでしょうか? 反している、というのが自民党の見解のようです。安倍晋三は、2015年2月18日の参院本会議で、「同性婚を認めるために憲法改正を検討すべきか否かは、我が国の家庭のあり方の根幹に関わる問題で、極めて慎重な検討を要する」と言っています。これについては既に法学者から異論が出ている。しかし根本の、根本の話をします。同性のカップルは「我が国の家庭のあり方」ではないと言いますが、「我が国の家庭のあり方」とは一体何でしょうか? 男性と女性がいて、子供と血縁で結ばれていること? しかし「両性」を男女に限定する考えは、何ら自明のことではないのです。フランスの法制史家ピエール・ルジャンドルは、母を二列目におき父を優先する言い方を好まないとして、「父と母」ではなく「出産する二人」と呼んでいます。配偶者の法的カテゴリに参入するために、異性であることは絶対条件ではない。すべての親は不確かなのです。二人の人間がいて、その二人が法的手続きを経て「家族」となる。そして子供を扶養する権利を認めてもらう。この「不確かな二人が家族になる」手続きに、異性も同性も違いはありません。LGBTコミュニティは、その法権利を保障する制度を作ってくれと言っているだけなのです。「我が国の家庭のあり方」など問題ではない。ただ自分が選んだ人を配偶者とする権利を認めてくれと、与党たる自民党議員に要求しているだけなのです。

 もちろん渋谷区をはじめとする、各自治体でのパートナーシップ条例が制定されつつあるのは喜ばしいことです。しかし、同性カップルの婚姻はいまだ法律上明文化されていない。そして自民党は法整備を進める気が無いばかりか、「行政がLGBTに関する条例や要綱を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまう」と言う杉田水脈のような人間を野放しにしている。杉田議員にとって、同性婚の容認は「人気とり政策」なのだそうです。おそらく、これが自民党の本音なのでしょうね。杉田議員のみではなく、安倍晋三や二階俊博も同様の発言を繰り返していますから。こちらは民主主義国家として保障されるべき当然の権利を要求しているだけなのに。

 では、他の国ではどうなっているでしょうか。例を挙げます。2015年、アイルランドでは国民投票によって過半数の賛成を得て、「結婚は当事者の性別を問わない」ことが明文化されました。アイルランドは人口の8割以上がカトリックで、その教義では同性愛は罪とされています。その国でさえ同性婚は法的に認められている。国民に対して「男女両性でなくても家族になれる」と、その権利を保障すると表明したのです。これがまともな政治家のやることです。これが正常な国民主権のやることです。

 さて、かたや我が国の与党議員である杉田水脈はどのようなことを書いているか。読み上げます。「キリスト教社会やイスラム教社会では、同性愛が禁止されてきたので、白い目で見られてきました。時には迫害され、命に関わるようなこともありました。それに比べて、日本の社会では歴史を紐解いても、そのような迫害の歴史はありませんでした。むしろ、寛容な社会だったことが窺えます」。なんともはや。夜郎自大とはこのことです。「日本の社会では歴史を紐解いても、そのような迫害の歴史はありませんでした」という。足元が見えていないのでしょうか? 今まさに、日本におけるLGBTコミュニティが、民主主義国家として当然認められるべき婚姻の権利を奪われていること。これが「迫害の歴史」でなくて一体なんでしょうか? 杉田議員はこんなことまで書いている。「親は自分たちの子供が、自分たちと同じように結婚して、やがて子供をもうけてくれると信じています。だから、子供が同性愛者だとわかると、すごいショックを受ける。これは制度を変えることで、どうにかなるものではありません。絶句です。配偶者の条件を同性にも認めてくれと要求しているのに、「制度を変えることで、どうにかなるものでは」ないという。つまり国民として当然認められるべき婚姻の権利を、法的に保障するつもりがないという。これは杉田水脈が、憲法に明記されている「基本的人権の尊重」をまったく理解していないことを示している。挙げ句の果てにはこうです。「そもそも世の中は生きづらく、理不尽なものです。それを自分の力で乗り越える力をつけさせることが教育の目的のはず」その「世の中」の「理不尽」をひとつでも多く解消することが与党の役目ではないのですか。
 この杉田議員の文章は、政治の問題を何でも「自己責任」に矮小化してしまう、自民党の残酷さの縮図です。それは法制度とは関係のない個人の問題で、政府はなにもする必要がないと、ここではっきり言っているのですから。

 さて、話をまとめます。杉田水脈の発言は、単に LGBT 関連のみにおいて問題なのではありません。杉田議員の発言は、男性が女性に子供を産ませた家族だけが 「正常」と言っているのであり、それ以外のかたちで成立した家族関係は「正常」ではないことになる。これは同性カップルのみならず、血縁によらない家族を持つ人々すべてに対する冒涜です。実の親を事故で亡くし養子縁組の新しい家族と暮らしたり、あるいは実の親に虐待され里子に出されて血縁のない保護者と暮らしたりしている人々は、確実に存在するでしょう。それだけではありません。異性と結婚したものの家庭内暴力を受け、やむなく離婚して、独りで子供を育てることになった「家庭」はいくらでもあります。まさに私はそういう母子家庭で育ちました。海外のメディアも、母子家庭の過半数が貧困状態にある日本の現状を問題視しています。世界経済フォーラムが発表するジェンダーギャップ指数において、日本は144ヶ国中114位です。さて、このジェンダーギャップ指数を「それは海外のやつらの勝手な判断だから何の正当性もないよ」と言っている人たちがいますが、先日、日本での性差別の現状が明らかになりましたね。東京医科大学では、女性受験者の得点が恣意的に減点されていた。つまり性別によって「学問の自由」が制限される国であることが明らかになったのです。醜悪だ。なんと醜悪な国か。そりゃ114位にもされますよ。もう目を背けることはできません。この「美しい国ニッポン」は、公然と性差別がまかり通る国である。どころか、よりによって与党の女性議員が性差別的な言辞をものし、そのことについて一切の処罰が下されない。この事実から目を背けてはなりません。性的マイノリティも、女性も、安倍晋三や麻生太郎のような男性の、つまり血統で既得権益を保証された世襲議員の党によって、不当な差別を受けているのです。「最低限度の生活」を営むための経済的・法的権利を、機会を、制度を、奪われているのです。
 杉田議員はLGBTには「生産性」が無いと言う。しかし言わせていただきます。もしLGBTに「生産性」が無いとすれば、それはあなたがたのような無能な党の失策によるものだと。民主主義国家として当然の権利すら保障せず、「家庭の問題」だ「自己責任」だと国民に負担を強いる、自民党のような愚劣な政治家たちのもとで、一体どうして「家庭」が苦しまずにいられるか。

 結論です。自民党によるLGBT差別の問題は、この国における女性差別とも不可分です。このふたつを分けて考えることはできません。あえてこう言いましょう、杉田水脈とはひとつの鏡なのです。どうしますか? もし女性として、男社会に認められ、出世したければ、杉田水脈のようになるしかないとしたら。たかだか比例代表の議席をもらうために、自民党のような愚劣な党派に取り入って、びくびく怯えながら差別的な言論を撒き散らす、そんなコースしかありえないとしたら。これはどこまでも我々の問題です。なぜ今まで、我々は、安倍晋三や麻生太郎のような世襲議員の既得権益を許してきたのか。なぜここまであらゆる差別が正当化される国になってしまったのか。
 
 今、ここにお集まりの、これから異性と・同性と・日本人と・外国人と、一緒に家族を持とうとしているすべての人々に申し上げたい。
 これから、あなたの家族が、差別にも貧困にも苦しむことなく生きてほしいと望むならば、自民党を支持してはなりません。あの男たちの党は、自分たちの既得権益を保証する血縁以外の家族のことなど、一切考えてはいないのですから。もしあなたが助けを求めたとして、「それは家庭の問題だ、自己責任だ」と例のしたり顔で切り捨てるに決まっています。主権者たる国民を度外視する政治家たちを、どうして支持できるのか。すべての性別の、すべての人種の、これから結ばれるすべての家族関係のために、いま目の前にある差別を許してはなりません。あなたが愛する人とともに生きる権利を、差別主義者たちに売り渡してはなりません。

 以上です。ご静聴ありがとうございました。



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 筆者は法学の専門家ではないため、おそらく本稿の論旨にはいくつかの誤りもあろう。篤実な専門家からの苦言・助言ならばいつでも受け付けるので、コメント欄に書いてほしい。これはどちらが正しいとか論破したとかいうくだらない次元の話ではない。ともに少しでもマシな世界を作れたらいいという一縷の希望である。分断ではなく連帯を。

 だが、ろくに日本語も読めなければ立憲主義や国民主権の理念さえ理解していないネトウヨくんたち、いつの時代にも一定数存在する差別と暴力と貧困とを正当化する凡庸な愚かさを備えた一群からのコメントは一切受け付けない。インターネットに繋がれてる間だけ最強な、路上に立つこともできずSNS空間で神のような全能感に浸りきっている坊やたちにかけてやれる言葉は筆者にはない。せいぜい二次元アイコンで顔を隠してクソリプばかり送ってろ。そんな坊やたちがちっぽけな自意識を満たしているうちに、あらゆる惨事は進行してゆく。


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