Sicken O'Barbarian(“ILLISH” リリース記念 13,000字インタビュー)

「HATANIGHT 2016」をご存知だろうか?  TOJIN BATTLE ROYAL のハタナイ総裁が主宰した入場無料のイベントで、2016年11月5日に開催された。総裁はもちろん BUDDHA MAFIA のライブアクトも含んだ大変豪華なもので、私も足を運んで大いに楽しんだ、が、本題はそのイベントからおよそ半年後のことだ。

 私はいつも通りに中洲の居酒屋(じゃんぼ焼鳥)でひとりで飲んでいたのだが、その日、同じようにカウンターで飲んでいた肉体労働者風の男に目がいった。その首にかけられたタオルに「HATANIGHT 2016」の文字。あのイベントで配布されたタオルだったのだ。つまり彼も私と同じようにあの空間にいた人間だということになる。

 らしくもなく、私は見知らぬ男に話しかけた。HATANIGHT のタオルを巻いたその男は強面のわりに屈託がなく、我々はすぐに TOJIN や BUDDHA の話題で盛り上がった。ヒップホップコンシャスの高い人間と酒席を伴にする歓びに浸っていた私だが、1時間ほど話し込んだ頃、男は少しはにかみながら切り出した。「俺もやろうと思うんだよ、ヒップホップ」。聞けば、今まさにトラックを作りリリックを書いている最中なのだという。ちょっとライムしてくれよという私の短絡的な誘いは退けられたが、彼はスマートフォンのアプリに記録された断片的なリリックを見せてくれた。

 その無機質な液晶画面の上には、私が今までに聴いたどのリリシストのパンチラインとも違う異ノーマルな言葉たちが踊っていた。私が日常的に使っている日本語と同じとは到底思えない、異様に歪んだ詩の数々が刻まれていた。その男が執拗な鍛錬を経てヒップホップに打って出んとしていることは明らかだった。「もし作品ができたらすぐに連絡してくれ」。私は無理やり連絡先を掴ませ、作品が完成した暁には「広報担当」として広くアピールする役目を押し売りした。彼は苦笑しながらそれを容れた。

 6月、果たして作品は届けられた。 “ILLISH” と題された3曲・15分の作品を携えた彼は、MCネーム Sicken を名乗っていた。この記事は2017年6月9日、つまり “ILLISH” が江湖に問われる前日に行われたインタビューを文字起こししたものである。SAYSING_BYOUING と名付けられたヒップホップ企てが響かせる不穏な鳴動に、是非とも耳を貸すべきだ。

SAYSING_BYOUING “ILLISH” 特設サイト
BOOTH

━━Interview & Text by 甘粕試金
PRONTO 福岡新天町店にて



◎“ILLISH” に至るまで
◎01 巴塔耶 (BataILLe)
◎02 臀部開拓史 (Gloryassholestoopid)
◎03 息づかいの礼拝式 (Liturgie vom Hauch)
◎男であることの恥ずかしさによって分娩された混血人種




◎“ILLISH” に至るまで

━━あなたの名前をご存知ない方も多いと思われるので、自己紹介をお願いします。

 Here comes the Pandemic Plague Prankster, 逆立ちして666, 俺が Hard Ill Verse 陽性の MC Sicken だ。

━━まず、あなたは SAYSING_BYOUING 以前に音楽活動らしいことは何もしていませんよね。なぜ今回 “ILLISH” をドロップすることになったのでしょうか。

 自然な成り行きでそうなった、としか言いようがないな。言っとくべきなのは、俺はあくまで一介の労働者だってことだ。ただ、働いてる間あまりにもヒマなんで、頭の中で架空のPファンクキャラクターを構想して遊んでいた。“Give It Up Or Turn It Or Loose” 風のトラックを頭の中で鳴らして、適当に英語詞をつけた。ちなみに『巴塔耶』に入ってる “The broken language shall be mother tongue” ってラインはこの時期にできたものだ。
 それをずっと繰り返すうちに、「どうやら、ビートにお前の言葉を乗せるのはナシじゃないらしいぞ」ってムードになり始めた。要するに風が立ったわけだ。その頃にはもう自分のリリックを書き始めていたし、ブレヒトの詩を音楽的にカバーするアイデアもあった。それらがヒップホップという一つの方向にまとまったのはごく自然なことだった。それが3月ごろ。Maschine Mikro を買ったのが4月末━━あんたが話しかけてきたのもこの時期━━で、他の機材をマイメンから借りて録り始めたのが5月、そして6月に快便した。

━━リリックとトラックメイキングについて伺います。まず、リリックを紙に書く人とデジタルで書く人とに分かれると思うのですが……

 俺は Evernote を使っている。PCとスマートフォンで共有したいし、端末を失くしたときの保険にもなるしな。まずリリックをひと思いに書き出し、そこからリズムやビートを意識しつつ添削する。この段階でおおよそのBPM、ストレートでやるかスウィングでやるか、スウィングだとしたらどの程度ハネさせるか、が決まるな。トラックとしてどの曲のどの箇所をサンプルするかもおおよそ定まるから、あとは練習する。で、だいたいフロウが掴めたらリリックを譜面上に書き出してみる。言うなれば「リリック譜」か。
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 リリック譜(Sicken手書き)

━━「リリック譜」ですか、初めて聞きました。通常のリリック帳とリリック譜と、どのように使い分けるのですか。

 ざっくばらんに言えば、リリック譜は練習中に譜割を忘れないためのものだ。文字だけで保存してると、書いた次の日に読み返して「どうしてこの文字数がこのビートに収まると思ったんだ?」と頭をかかえる確率が高くなる。だから即座に現時点でのフィーリングを呼び返すためにリリック譜が必要だ。通常のリリック帳のほうはレコーディング時に参照することが多い。譜面より余白が多いから、録るときに心がける注釈を前もって書き込んでおく。

━━作詞はトラックメイキングと併行して行われるのでしょうか。作詞するためにビートを一切聴かないラッパーもいますが。

 作詞するのにビートを聴かないラッパー、Mummy-Dとかのことだろ? それは頭の中で明確に音を鳴らせるセンスの持ち主だからこそできることだ。俺はまだその域にはいない。だからクリックをしこたま聴いて、まともにグルーヴしているか、フロウになっているかを精査する。トラックのおおよその全体像が定まるのはこのときだ。あとは思いつく限りのビート、ライム、フロウのパターンを試す。つまり俺にとって作詞とトラックメイキングは同時進行だと言えるだろうな。外部のトラックメイカーに世話になる場合なんかはまた変わるんだろうが。

━━SAYSING_BYOUING の持つ音楽的レファレンスは?

 日本語でラップをする以上は BUDDHA BRAND の3人の影響から逃れるのは不可能だし、THA BLUE HERB、TOJIN BATTLE ROYAL、stillichimiya、そういった非首都圏のリリシストたちにも大いに鼓舞されている。ヒップホップに関するアティテュードで言えば俺はズールー・ネイションに多くを負っているし、これからエレクトロ・ファンクのトラックも増やしていきたいと思っている。そして何よりP-Funk Mythology……これなしでは始められないな。ちなみに、『臀部開拓史』の冒頭に入っているスキットの声はサー・ノウズ・ディヴォイドブファンクへのオマージュのつもりだ。



◎01 巴塔耶 (BataILLe)

━━ここからは個々の楽曲について伺います。まず “ILLISH” 劈頭の『巴塔耶 (BataILLe)』ですが、これはタイトルにあるようにジョルジュ・バタイユにまつわる楽曲ということですか?

「にまつわる」曲ではあるが、「についての」曲ではないな。たとえばエレファントカシマシの『歴史』とか、あるいはバンドのほうのレキシとか、「昔これこれこういう人がいたからそれについて勉強しましょう」みたいな曲ではないということだ。ではなぜバタイユなのかというと……そうだな、これは、「20世紀において不可能と知りつつ16-17世紀スペイン神秘主義に回帰せんとしたジョルジュ・バタイユのように生きることは21世紀において可能か」ということを自分自身に問うための、そういう曲だ。

━━ずいぶん佶屈とした問いですね。バタイユを使うなら、もっと親しみやすいキーワードを忍ばせることもできたのでは? エロチシズムとか……

(右手を振って遮りながら)君はバタイユの良い読者ではないようだな。ああいうのは彼の著作の中でも最も人好きのする、最も親しみやすい、最も無害なパートにすぎない。どうも世の中には、安手のポルノでも代用可能なものをバタイユの中に見出してそれで良いとか悪いとか言っている人間が多すぎるようだ。俺はそういうのは彼に対して失礼だと思う。もっと苦難を伴う、しかしもっとエロティックな試みがあるんだ。神と床を伴にするために言葉を使うこと、奇妙な無神論を含んだ恋文を書くこと、『巴塔耶』はその音楽的実践だと言っていい。それについては、そうだな……『夜戦と永遠』第1部第4章を読んでくれ。

━━リリックには十字架のヨハネとアビラのテレジアの名前が出てきますが。

 そう、それと直接関係があることだ。16-17世紀スペイン神秘主義とは、言葉と詩の実践による政治的抵抗運動だった。この世紀においても「彼女」らのように言葉を孕むことができるか、にまつわるリリックがこれだ。自慢じゃないが、俺も言葉に抱かれて詩を受胎する体験を何度か持ったことがある。しかし間違っちゃならないのは、書かない神秘家など存在しないということだ。自分の体験を特権視したところでどうにもならない。既存の「宗教」なるものとして認識されているものとは別の関わりを持つために、すなわち神と新たな関係を結んで言葉(Verbe)を産む、その実践が問われているんだ。それについては……鶴岡賀雄さんの『十字架のヨハネ研究』を読んでくれ。

━━あなたにとっては、神聖なものを嘉[よみ]するためでも冒涜するためでもなく、ただ自分と神聖なものとの別の関係を見つけるために言葉が必要だということですか。 “新でも旧でもねえ 第三の契約” というラインが出てきますが……

 そう、まさにそういうことだ。神を信じてるとか信じてないとかそういうことは全く問題じゃないんだ。俺にとって「無神論」者は単に無教養な人間以上に軽蔑の対象だ。単に既存の「宗教」的なものでしかない神をあげつらってそれで何か言った気になっている人間が多すぎる。そうじゃない、書くこと、歌うこと、言葉の実践によって神と「別の関係」を結ぶこと━━そこにこそハードコアな、不穏な、真に無神論的と呼ばれるべき創造行為があるということだ。ブランショが『無神学大全』について「この書をその字の平穏さにおいて読んではならない」と注した理由はそのへんにある、と俺は踏んでる。

━━トラックについて伺います。まずサンプリングされているフレーズについて、可能な範囲でお聞かせ願いたいのですが。

 まずこの曲は可視性、暗闇、暗中模索で書くことがテーマにあるから、iTunesライブラリを “blind” で検索してみた。出てきた曲たちを一つずつ聴いていったら、ゴブリンの “Blind Concert” って曲が俺を惹きつけた。『サスペリア』のサントラに入ってる曲だ。頭の中にあったビートのBPMにも近かったし、ベースがいかしてたし、この出会いにはマジックがあると思い、まずこの曲でトラックを作ることにした。まんまトースティングでやるアイデアもあったんだが低音が足りないんで、ローパスでベースだけ抜いてドラムを入れることにした。ただ聴けばわかる通り、このベースラインは頭拍が休符になっているため、奇数拍にキックを入れて偶数拍にスネアを入れるビートがしっくりこなかった。なんでそれを逆にして、スネアを頭にしてベースのフレーズとキックを同期させるパターンにしたら驚くほどしっくりきた。そいつをイントロ8小節にしてみると、自然にフロウが生まれたってわけだ。ちなみにイントロのイントロにはマイケル・ジラの “Blind” が、アウトロにはコーンの “Blind” が入ってる。初めて作ったトラックがこれだが、単調なループでもないしグルーヴに欠けるわけでもないし、なかなか気に入っている。シガー・ロスの語を借りれば “Ágætis byrjun” 、順調なスタートってところだ。


━━いま名前が出た曲たちを並べてみると、通常のヒップホップのトラックメイキングで使われるものとは異色ですね。ブラックミュージックっぽくないというか。

『臀部開拓史』でPファンクをサンプリングすることは決めてたから、『巴塔耶』で使う曲はあえてジャンルを絞らなかった。第一、ヒップホップをやるには必ずブラックミュージックのレコードから引かなきゃいけないなんてのも変な話だろ。クールでありさえすればどこからでも何でも持ってきて継ぎ接ぎしていい、っていうのが俺がヒップホップに魅了された最大の理由だからな。そういう蛮性、野性のリリシズムのようなものを感じてくれたらと思う。




◎02 臀部開拓史 (Gloryassholestoopid)

━━そんな曲の直後に前立腺の曲が、というのもすごいバランスだなと思うのですが……

 そうか? 俺としては脈絡がついてるんだけどな。リリックだけでわかると思うが、これはアンチ男根主義についての曲だ。『俺たちのBL論』という本で春日太一さんが「勃起力がすごく……ない」「(勃って「入れたい」「出したい」という)感覚が、実は人一倍弱い」と話してるんだが、納得できる話でな。前曲との流れで言えば、チンポで享受できる享楽なんてのは、ラカン流に言えば剰余享楽にすぎない。それは糞と同じで、一見過激に見えても何も変えない。だから、バタイユの書いたものを「エログロ」とかの文脈で弄んでそれでなにか意味あるものと思い込むのは大きな誤りだ。未だにうわべだけのグロテスクさとか性的倒錯とかを見せびらかしてハードコアなものを作った気になっている輩はうじゃうじゃいるが、何度でも言うがそれは「合法的な」「退屈な」「かわいらしい」享楽にすぎない。
 で、この曲はそういう無様な享楽に安んじている人間へのイチビリ、あるいはそういう生き方に息苦しさを感じている人間へのチアーとでも言うべきものだろうな。

━━男根主義者に対置されるものとしての前立腺オナニー、ということですか。前のほうでも後ろのほうでも剰余享楽は剰余享楽なのでは……

 もちろんそうだ。俺だってエネマグラでもたらされる享楽が他の性的なものと別なものだとは思っていないさ。しかし俺は、男性の肛門にモノを挿入して性的絶頂を感じさせることは一種のショック療法たりうると思っている。さっきも言ったが、世の男どもは自分のチンポのことだけで頭がいっぱいなのさ。ラカンのいう「第二のファルス的享楽」が「権力でありたい」を断念して「権力を持ちたい」に変換されたものだったことを思い出してみろ。権力欲で頭がいっぱいになった男どもが男根主義と女性蔑視を併発しているのは、故あることなのさ。石原慎太郎、百田尚樹、ああいった人間の醜悪さにはきりがない。
 安吾は「他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ」と言ったが、なんてことはない、自分の菊門にエネマグラを挿れるだけでいいのさ。「前のほうの気持ちよさ以外には何もないと思っていたが実はそんなことはなかった」、そう気付くきっかけにでもなれば上等だ。何にしても、俺はお尻の穴に何も挿れたことのない男など大した人物ではないと思っている。自分の処女性をかわいがるあまりに周りの人間にも潔癖さを押し付けるようになっちまった、そういう例はいくらでも知ってる。そんな人間が増えれば増えるほど世界はつまらなくなる。風営法だってそうだろ。で、この曲はそういう世相に対する即効性の座薬だと言えるだろうな。

━━なるほど……あなたにとっては性的なことでも即ち政治的なことに結びついているのですね。

 当然だ。むしろ性的なことから政治性が切り離された姿がラカンの言う「剰余享楽」だからな。『巴塔耶』に入っている “神とまぐわう熾烈の床” というリリックも、この世界にはそんな合法的な享楽とは別の、世界を孕み出産する享楽がある、それを果たすのは言葉であるということを言ってるんだ。一貫してアンチ男根主義者だ。脈絡がついていることがわかるだろう。



◎03 息づかいの礼拝式 (Liturgie vom Hauch)

━━ブレヒトの詩をカバーするアイデアは前からあった、と仰っていましたが。

 ああ。ラングの『死刑執行人もまた死す』で、ブレヒトの詩が読み上げられる場面があるだろ? あれを初めて見たとき、すごく音楽的な韻だなと思ったんだ。で詩集を読んでみて、真っ先にビッときたのが『息づかいの礼拝式』だった。「森の小鳥ら〜」のルフランで進行する構成だから、これはヴァース&フックで再生可能だと思ったんだ。実際、「森の小鳥ら〜」のルフランはそのまま一字一句変えることなしにライムとして通用することに気づいて、長谷川四郎さんの名翻訳ぶりに感動した。
 ただひとつ問題があった。ルフランは四行詩だからトラックにも乗せやすいんだが、ヴァースにあたる部分は五行で構成されてるからどう落とし込むべきか悩んだ。内容を変えずに四行詩に変換するか、それとも小節数を気にせずに五行詩でやるか。結果としてはどちらでもなくなった。トラック作るのと詩をリリックに変換するのとが同時進行だったから、ただフロウに任せて、しかし詩に込められた憤りの力だけは損なわないように専心した。結果としてはブレヒトに申し訳が立つくらいの構成にはできたと思う。ただラップの技量がまだ全然追いついてないのが残念ではあったが、それはまあ、十年後くらいに録り直せばいい。


━━詩の内容は……世の不正を目の当たりにしながら声を上げようとしない人々の姿が小鳥になぞらえられているわけですよね。『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』にも通じるような。

 ああ。こんなにもクソみたいなことが公然とまかり通ってるのに最後には沈黙しか残らない、って構成だから、そこは小節数の整合とかをあえて無視して、ヴァースのニュアンスがその都度変わって聞こえるようにつとめた。

━━そもそもどうしてブレヒトの詩だったのですか。音楽的な構成だから、というのはわかるのですが。

……(数秒間沈黙)あれは HATANIGHT の帰りのことだ。あんたもあのイベントに来てたんだろ?

━━はい、飲み屋で HATANIGHT のタオルを首に巻いてたのを見たのがあなたに話しかけるきっかけでした。

 あの帰り道、午前5時ごろだ。俺は酒と音楽ですっかりいい気分になって、博多埠頭のあたりまで歩いて行った。そしたら……住む場所のない、要するに路上で暮らしてる人々が5人ほど、埠頭で寝てるのを見たんだ。酔いは一気に醒めた。血の気が引いたよ。もしあの人たちがうっかり寝ぼけて海に落っこちたとしたら、誰が引き上げてやれるんだ? どっかのボケが面白半分であの人たちを海に突き落としたとしたら、誰が助けてやれるんだ? なんだってあの人たちは11月の路上で、こんなとこで寝なきゃいけないハメになってるんだ?
 それ以前にも予兆はあったんだ。一昨年の冬に寒波があって、福岡でも氷点下になって水道管が凍ったりしたろ。俺はあの時期、博多駅のあたりに映画を観に行くために自転車をこいでたんだが、その道中で少なくとも2人の路上生活者を見た。あの人たちは寒波をどう凌いだんだ? あの寒波のあと一体どうなったんだ? 凍え死にせずに済んだとして、体温を回復するだけの飯は? 病院に行くだけの金は?
 なあ、この国の憲法第25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあるよな。氷点下の路上で満足な防寒具もなしに放置されることのどこが「健康で文化的な最低限度の生活」なんだ? 政府の権威は上位の法である憲法に拘束される、というのが立憲主義だろ。だったら生存権のもとに路上生活者も生命の安全を保障されるはずだろ。されてねえじゃねぇか。この国に立憲主義なんて最初っから存在しねえじゃねぇか。
 わかってはいたんだ、前から。うっすらと。俺らが義務教育で教えられたことはどうやら嘘っぱちらしいってことは。でももう耐えられなくなったんだよ。あの HATANIGHT の帰り道に見た光景が俺を後頭部から殴ったんだ。「お前はこういう悲惨があるのを知っておきながら、見て見ぬ振りしてヘラヘラ生きてたんだ、ボケが」って。思えば、あれがMCネーム Sicken としてマイクを握る直接のきっかけになったと思う。誰かが「路上で生活することを余儀なくされた人々にも衣食住を保障しろ、憲法ではそうなってる」と声を上げるべきだったんだ。なのに誰もそうしなかった、俺も含めてだ。だから今始めることにした。ブレヒトの詩を借りて、ライムに乗せてやることにしたんだ。今のこの国もブレヒトが生きてた頃のナチ前夜と何も変わらねえぞって、わからせてやるためにだ。

━━現実に生きている世界への異議申し立てが、そもそもあなたのマイクを握る動機としてあったのですね。この曲でドアーズの曲がサンプリングされている理由も、腑に落ちた気が……ドアーズもブレヒトの『Alabama Song』をカバーしていますよね。

 そう。正直に言うと、60年代末アメリカのカウンターカルチャーとしての音楽なんてそれ自体がダサいと思ってた。だが、もう、そんなこと言ってる場合じゃねえことに気づいたんだ。いま60年代のドキュメンタリーなんか見てると、よくもまあこんなクソのような時代に付き合わされたもんだと思うだろう。だが50年経って、あのクソのような時代が一巡してきたのが今なんだ。ということは、この時代に具体的に抵抗することは可能だということだ。SNSの上でだけ雄弁な、フリック入力だけ達者で何も行動を起こさない、歌いもしなければ踊れもしない失声症の小鳥になっちまう前に、この喉を鍛えとくべきだと思った。ブレヒトやモリソンや、その他名も知れねえ大勢の人々がそうしてきたように、暗闇の時代において時代の暗闇を歌う力に俺も与[あずか]りたかったんだ。うまく演れてるかどうかは知らん。他のコンシャスラッパーからすれば未熟も未熟だろう。しかしこの詩を歌にするのは俺にとって絶対に避けて通れないことだった。だからやった。それだけだ。

━━3曲ぶんのインタビューを通して腑に落ちましたが、あなたにとって音楽と詩とパフォーマンスは政治性と切っても切れないものとしてあるのですね。

 その通り。君が「音楽に政治を持ち込むのはどうかと思う」とか不勉強なおぼっちゃんみたいなことを言い出さなくて安心したよ。そもそも音楽から政治性を削除することは不可能だ。これは「口を閉じることはできる、目を閉じることはできる、しかし耳を閉じることはできない」こと、および幻視と比べて幻聴の発症率のほうが圧倒的に高いという精神医学の知見と絡めて理路づけることが可能だが……その話は今日はいいだろう。そんなくだくだしいことを省略して、聴く人の耳に直接何かを喰らわせるような力が俺のライムに宿っていれば、と思う。



◎男であることの恥ずかしさによって分娩された混血人種

 ━━訊き忘れていましたが、タイトル “ILLISH” の意味は?

 英語圏で頭にMcがつく姓はアイルランド系、またはスコットランド系だろう? マックイーン[McQueen]とかマクドウェル[McDowell]とかマクラーレン[McLaren]とか。で、マイクロフォンを握る人間は頭にMC(エムシー)がついてる。となれば、マイクを使う詩人は全員アイリッシュ[ILLISH]だという結論に至った。
 重要なのは、ヒップホップはアフリカ系アメリカ人の生み出した文化だということだ。彼らの先祖はアメリカ大陸に奴隷として連行される過程でアフリカの言語や習俗を剥奪されて、キリスト教を仕込まれる過程で福音歌を与えられた。その係累に連なるいわゆる「ブラックミュージック」の鬼子のような存在がヒップホップ、征服者の言語である英語を使っての言葉の技巧[art]だった。何が言いたいかというと、もはや母国語と外国語という区別が無効になるような言語を見出さなければならないということだ。帰るべき祖国と往訪すべき外国の両方をうろうろしているあいだはまだ「観光客」だ。そんなアティテュードはお金持ちのぼっちゃんにでも任せておけばいい。「祖国」と「外国」、「母国語」と「外国語」の両方を見失い、延々と流れてゆく生成過程にしかありえない人種、真の意味でのマイノリティに「成る」必要があるということだ。パウル・クレー流に言えば、ここにはまだ人民が欠けている。被征服者で、非暴力的で、被差別的であるがゆえに革命的であり続ける人種、 “ILLISH” を到来させるために言葉の鍛錬が必要なんだ。言語を引き裂き、床を設え、外なるものと交配可能な舌を見出さなければならない。今まで一方的に女性の肉体にだけ押し付けられてきた「産むこと」を、言語活動によって担わなければならない。男であることの恥ずかしさによって分娩された混血人種、 “ILLISH” とはそういう人民のことだ。

━━あなたの言語活動の念頭にあるのは、あくまで「マイノリティ」だということですね。映画『ザ・コミットメンツ』には「アイルランド人はヨーロッパの黒人だ」という台詞が出てきますが。

 過度に理想化するわけではないが、実際、欧米圏の文化において革命的なものを産んできたのはアフリカとアイルランドにまつわる人々だ。いわゆる「ブラックミュージック」、とくにブルースとファンクが音楽史に及ぼした革命性についてはここでは省略するが、アイルランド人およびアイルランド系移民が音楽史・文学史・映画史に刻みつけた革命性も見逃すわけにはいかない。ワイルド、イェーツ、ジョイス、ベケット、ジョン・フォード、ジョン・ライドン、モリッシー、フィル・ライノット、ロリー・ギャラガー、ダン・オバノン、(画家のほうの)フランシス・ベーコン、(映画監督のほうの)スティーヴ・マックイーン、ブレンダン・オブライエン、ケイト・ブッシュ……そうだ、俺にとってアフリカとアイルランドの蜜月を考えるにおいて最重要なのは、トゥパックはケイト・ブッシュのファンだったという事実だ。あれほどまでに天使的で、しかし激しく、そして美しい音楽と詩を書くことをやめなかったトゥパックとケイト・ブッシュが直接ではなくも通じ合っていた一点、俺はそこにあったはずの何かに魅惑されている。それに与るために俺もこうしてマイクを握っているわけだよ……到底及ばないというのは、もちろんわかってはいるが。

━━なんだか、急に謙虚になりましたね。

 その人々のことを考えるだけで我が身の小ささを思い、謙虚にならずにはいられない、そんな人々がいる。俺にとってはケイト・ブッシュとトゥパックと、そして Dev Large がその人々だ。俺はもっとそれの、さらに、その……ファック、舌が回らなくなってきた。おい、このインタビューもだいぶ長くなってきてるだろ。次の質問で最後にしてくれないか。

━━え? あの、このインタビューは一問一答で締めくくろうと思っていたのですが。

 じゃあ、それをやって終わりだ。

━━わかりました。では、「イエス・ノー」「ある・ない」で答えてください。
  Q1. 今後のリリース予定は?

 A1. もちろんある。
 とりあえず年内にもうひとつ3曲入りのが出る。未済の作品に対していろいろ言うと鬼が笑うので言いたくないが、トラックとリリックのネタはたくさんあるんで色々試すつもりだ。アントナン・アルトーに捧げる曲とか、9拍子の曲とか。

━━9拍子の曲ですか? ヒップホップで?

 いけないのか? ツェッペリンの『クランジ』だって9拍子のファンクだろ? あ……しまった。

━━次のトラックのネタはツェッペリンですか。正式にクリアランスして出すにはお金と時間がかかりそうですね。

 作りたいものだけ作ってるんだから仕方がない。

━━Q2. ライブ活動等の予定は?

 A2. 今のとこ無い。
 単純に曲が書き溜まってないからな。次の出して次の次の出したくらいにはスキルも上達してるだろうし、その時に考えればいい。

━━Q3. レーベルに所属して作品を出したい、という気は?

 A3. あるが、それは「クリアランスの処理を請け負ってくれる立場の人が欲しい」程度のことなんで、現実的には考えていない。そうだな……これ、文字起こしして記事にするんだろ?

━━はい。

 じゃあ、「骨のあるレーベルは連絡しろ」と書いといてくれ。

━━わかりました。聞く耳を持っているレーベルの人はこちら[integralverse@gmail.com]までどうぞ。SAYSING_BYOUING のファーストシット “ILLISH” はこちらでダウンロードできます。

 ホンモノニセモノ決めるオマエらの耳が見物。

━━Q4. バトルに興味は? フリースタイルダンジョンとか……
 A4. まったく無い。
 俺にとって、ヒップホップは言語圏を超えた混血のムーヴメントを引き起こすための企てだから、何よりもまず作品を残すことが全てだ。テレビに出てスキルをひけらかして云々、といった焦りに掻き立てられたアティテュードとは最もかけ離れたところにある。言っちゃ悪いが、今ああいうテレビ番組を見てヒップホップのことを「わかっちゃった」気になっちゃった子たちのことを本当に不憫に思うし、そういう子たちの音楽に対するうららかな無教養ぶりは俺の眉をひそめさせる。俺が作っているものは「日本語圏ヒップホップ」であって流行りの「日本語ラップ」ではない。それは夕張メロンとメロンパンのように別モノだ。もちろんメロンパンが悪いとは言わない。しかし俺の歌詞はお子様向けの甘い菓子ではないというだけだ。俺の仕事は庭を耕すこと……未だ見ぬどでかいイルな果実を実らせることだ。

━━Q5. フューチャリングに関する意欲は?

 A5. ある。
 が、SAYSING_BYOUING の作品で他のMCをフューチャーする気は今のとこない。いま俺の頭の中にあるのは、『STILLING, STILL DREAMING』のような名刺代わりのアルバムをドロップすることだ。まずてめえのやり口を見つけてからでなければフューチャリングしても上滑りするだけだ。だからいま共演相手を探してはいないが、まあ “ILLISH” を聴いて「こいつはドープだ」と思ったやつの呼び声ならいつでも聞くつもりだ。融通してやるよ俺の舌を。

━━では最後に、これを読んでいるヘッズにメッセージをお願いします。

 出たな、お決まりのやつ……(咳払い)
 S’up, folks? Full of shit な heat island で tyrant の寝首掻かんとしてる cunt に hand 差し伸べるぜ。まずは俺らのファーストシット “ILLISH” を聴いてくれ。くだくだしい説明はしない。俺は「歌に全て込めた」like シスター羽生田。俺らの捉えるトライブはただ一つ、混血言語の図書館、全ての言語にリスペクト込め新たな言葉編む仕事場だ like アッバース朝。俺は未だ来たらぬ辞書のため、未知の使い途見つけるべく働く。work it out, eight days a week, 8 miles away, ei yo, keep staring at our ass. Peace.

━━ありがとうございました。




SAYSING_BYOUING “ILLISH” 特設サイト
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 HATANIGHT2016来場記念タオル(甘粕私物)

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