【アイカツ!】氷上スミレ三部作のこと(103→108→117話)


 現在、アイカツ!シーズン3の一部エピソードが公式で無料配信されています。
 以前ちょっと書いたのですが、この機会にアイカツ!シーズン3の氷上スミレを取り扱ったエピソードについて、その一連の流れでいかにえげつないことが為されているか、について書いておきたいと思います。


●氷上スミレ三部作(103→108→117話)

 この三話は、端的に言えば「歌手を志す少女が具体的な進路を選び取るまで」の物語と言えます。
 アイカツ!ではモデルやドラマなど多様な進路が提示されていて、歌手になることがアイドルにとっての成功だ、というふうに単純化されてはいません(それどころか「芸事を続けることだけがアイドルの幸せではない」ということを正面から描ききっていることがアイカツ!シーズン3の凄味なのですが、それは関係ないので省略)。
 しかし氷上スミレにとっては“歌うこと”が自分の中で一番の動機であり、それは103話ではじめて提示されます。その“歌うこと”のテーマ性は楽曲『タルト・タタン』とそのステージによって具体化されていて、103→108→117話ではそれぞれ別様の衣装・演出によるステージが展開されます。


●第103話時点での氷上スミレ

 氷上スミレはシーズン3からの登場人物なので、103話の時点ではアイドルとしての進路も確定されてはいません。103話では、先輩である星宮いちごの一日マネージャー活動を通して「(自分の好きなことは)歌です」と告白する場面があり、そこからいちごによってステージのチャンスと衣装が与えられ、初めて『タルト・タタン』が歌われることになります。

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 103話時点での氷上スミレのキャラクター性を整理すると、
・自分には星宮いちごのような超人的な魅力がないことを悩んでいる
・昔から歌うことが好き(姉に自分の歌声をほめてもらい、それがスターライト学園への入学につながったため)
・口癖のように「うん」という首肯の言葉を発することが多く、なにかを否定することは言わない

 というふうにまとめられます。
 そして、この現時点でのスミレのキャラ性が解題されてゆくのが108→117話の流れなのです。


●第108話『想いはリンゴにこめて』

 冒頭で「えげつないことが為されている」と書きましたが、108話は本当に“えげつない”、ぞっとするほど完璧な構成を持ったエピソードになっていると思います。その要因は、

1)躍動するドラキュラモチーフ
2)問題を解決すること・問題を残しておくこと
3)108話そのものの円環構造

 の三点に修錬されると思います。順を追って見ていきましょう。


1)躍動するドラキュラモチーフ

 108話は、氷上が愛好する衣装ブランド『Loli Gothic』のプレミアム衣装を手に入れるまでの話です。とうぜんロリゴシックの代名詞的存在である先輩:藤堂ユリカの存在が関わるエピソードとなり、氷上はまず多忙な藤堂ユリカに自分を認めてもらうために行動を起こします。

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 そこで出てくるのが、藤堂ユリカの(プライベートでの)大好物である来来軒のニンニクラーメン。スミレは野外撮影中の藤堂ユリカの現場に、直接おかもちを持って殴り込みをかけたのです。
 以前書きましたが、アイカツ!はスキャンダルなどのシリアスな要素さえも食品を通して描かれます。吸血鬼アイドルである藤堂ユリカにとって、ニンニクラーメンを愛好していることを知られるのは即ちプロフェッショナルの破綻であり、シーズン1の20話ではそこから立ち直るまでの物語が描かれていました。つまり、ユリカにとってニンニクラーメンは「(ファンに)知られるのはまずい、吸血鬼としての弱点」として機能します。

 ところで、おかもちを持ったスミレの絵を見て、何か連想しないでしょうか。
 この正面受けで、両手で持ったものを押し付ける絵は、吸血鬼や悪魔払いをとりあつかった作品で多く用いられるアングルです。

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[上:アイカツ!108話 
下:Taste the Blood of Dracula(ピーター・サスディ)]


 先程書いたように、吸血鬼アイドルたる藤堂ユリカにとって、ニンニクラーメンは十字架と同じように“弱点”。そのように意味付けされたアイテムを突き付けられたユリカは、

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[上:アイカツ!108話 
下:ドラキュラ(フランシス・F・コッポラ)]


 とうぜん動揺するわけです。

 そこでユリカは、差し入れにきたスミレを無理矢理自分のテント(撮影のためのもの)の中に入れ、「いくらわたしの好物だからといって、人前に持ってきてはだめ」「ファンの皆さんは私のヴァンパイアキャラを楽しんでくださってるんだから」とプロとしての戒めをスミレに与えます。
 
 ここで重要なのは、ユリカがスミレを(テントというプライベートの空間に)招き入れる、という行動が為されていることです。
 ご存知のように、ドラキュラをとりあつかった作品では「招き入れる・招き入れられる」というモチーフがひじょうに重要なものとして扱われます。
 なぜなら、人間とドラキュラとの間には厳然たる断絶が走っているのであって、その異なる二者をひとつの空間に入れることは邪悪な意味合いを帯びるからです。

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[上:ドラキュラ(フランシス・F・コッポラ) 下:ぼくのエリ(トーマス・アルフレッドソン)]


「断絶」と書きましたが、藤堂ユリカは「吸血鬼アイドルとしての藤堂ユリカ・素の女の子としての藤堂ユリカ」のふたつのペルソナをひとつに統合したアイドルだと言えます。そのふたつのペルソナを隔てているのがアイドルとしてのプロフェッショナルであり、だからこそユリカは無配慮にラーメンを差し入れにきたスミレに注意を促したわけです。

 しかし後輩にプロとしての注意をしたユリカは、それはそれとして差し入れのラーメンを食べるのです。
 もちろんここにも「吸血鬼アイドルとしての藤堂ユリカ・素の女の子としての藤堂ユリカ」のふたつのペルソナの切り替えが行われているわけですが、それができるのはプライベートの空間としてのテントの中にいるからです。氷上スミレも同様にプライベートの空間に“迎え入れられて”います。

 この「迎え入れられ」のドラキュラ的儀礼を通過することで、氷上スミレは「群衆の中のひとり」でもなく「名前も知らない中等部の後輩」でもない、同等の存在としてはじめて藤堂ユリカに認識されるに到ったのでした。ふだん絶対にファンには見せない素のユリカの姿(メガネをかけて髪をほどいている)で、吸血鬼アイドルとして相容れないニンニクラーメンを目の前で食べてみせる、という一連の行動で、ユリカとスミレの関係性の変化が鮮やかに描かれています。

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[テント内:素ユリカとの対話]


2)問題を解決すること・問題を残しておくこと


 さて、藤堂ユリカにひとりのアイドルとして認められた氷上スミレは、同級のあかり・ひなきとともにロリゴシックのデザイナー:夢小路魔夜に会いにゆきます。このパートは第20話でのユリカの物語をなぞったものになっています(今までコメディリリーフな使われ方しかされていなかった「血を吸うわよ」というユリカのセリフが、初めて後輩を叱咤するシリアスな意味合いで使われる場面はひじょうに感動的です)。

 その過程で、スミレはロリゴシックに関するブランド的知識を試されますが、そのくだりについては以前書いたので省略します。シーズン2において弱みだった「事後報告」の構造をそもそもの動機の補強に用いた、鮮やかな解決法でした。

 そしてロリゴシック試練を無事クリアしたスミレは、「白雪姫をモチーフにしたドレスにリンゴのデザインを入れることについて、どう思うか」という夢小路魔夜の問答に対して「変じゃありません」と回答します。変ではない、という否定形のセリフをスミレが口にした初めてのシーンで、このセリフによって103話時点でのスミレからの脱却が示されています。

 さらに見事なのは、「一見悪く取られるような物事でも、視点を変えればいいことになる」という氷上スミレの“いいこと占い”の考えと、「自分の中に暗黒を受け入れて吸血鬼になる」という藤堂ユリカのキャラクター性が初めてここで一致することです。白雪姫のドレスに“リンゴ”という不吉なモチーフを取り入れること、そのドレスを氷上スミレが着ること、に関しての説得力がこの過程で完璧に補強されます。
 先述の吸血鬼モチーフに関しても同様ですが、第108話のすさまじさは「言外のモチーフを豊かに絡めてお話の説得力を高めること」があまりにも徹底されていることにあります。

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 しかし今回重要なのは、試練をクリアして問題を解決することよりも、じつは問題がひとつ解決されないまま残されていたことにあるのです。
 その残された問題は、ロリゴシック試練における小人たちのくだりで示されています。魔夜の部屋までの道を小人たちに阻まれたスミレですが、「か、かわいい!」「きみ、見たことあるよ! 氷上スミレだよね?」と小人たちに一方的にかわいがられることによって、あっさり道を明け渡されてしまいます。
 
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 ひじょうに、ひじょうにいやらしいシーンですここは。
 なぜなら、この小人たちが喜んでいるのは「歌手として立身したい氷上スミレ」の姿ではなく、「美少女アイドルとしての氷上スミレ」でしかないのですから。
 一見コミカルな小人たちのシーンですが、ここではかわいければなんでもいい、美少女であればなんでもいいという軽率なアイドルファン(たとえば、Twitterで氷上スミレに対して「ママーッ!」などと幼児的なリビドーをほとばしらせているような連中)の存在がほのめかされていて、そんな人種を惹き付けてしまうものが氷上スミレのなかに蔵されている、というひじょうにいやらしい、性的とすら言える構造が示されています。
 この「歌手として立身するか、それとも無条件に歓迎されるかわいさで媚びるか」の問題は、そのまま第117話に持ち越されます。


3)108話そのものの円環構造

 さて、ここで第108話の一番最初のカットを思い出してみましょう。
 このエピソードは、先にプレミアムドレスを手に入れた大空あかりをうらやましがる、ベッドルーム内での会話から始まっていたのでした。
 同じように、このエピソードはベッドルーム内での会話で終わります。ロリゴシックのプレミアムドレスを手に入れてご満悦なスミレの姿がありますが、108話は「ベッドルーム」「プレミアムドレス」というふたつの記号で初めと終わりが結ばれている、円環構造を持ったエピソードなのです。

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[上:108話冒頭 下:108話終わり]
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 この「ベッドルームで始まりベッドルームで終わる」という構成は見事で、さながら108話というエピソード自体がひとつの回路を持った、単一の世界として完成されている印象を与えます。実際、先述の豊かなモチーフの絡め方によって緻密に構築されているのが108話なのですから、この円環構造を採用したのも全く正しいことです。

 しかし、先述のように「歌手として立身するか、それとも無条件に歓迎されるかわいさで媚びるか」というスミレ自身の問題が残されていることを考えると、この円環構造は一種閉鎖的な、息苦しい印象をも与えます。
 この「完成されているがゆえの息苦しさ(それは同時に美少女アイドルであるスミレの進路決定にまつわるものでもある)」を打開し、ついに歌手としての自分の人生を選ぶまでのエピソードが第117話なのです。



●第117話『歌声はスミレ色』

 108話と同様に、117話もベッドルーム内での会話から始まります。
 この始まり方から与えられるのは、108話の円環構造の軌道のうえにある点からあらためて氷上スミレのエピソードが語られる、という印象でしょう。


1)歌手かモデルか:氷上スミレの選択

 117話では、氷上スミレの美しさを見込んだ企業からシャンプーのイメージモデルオーディションのオファーを受ける、というくだりがメインになっています。
 周囲の同級生たちがそれぞれTV番組、モデル、女優など自分の進路を選び取ってゆくなかで、歌手を志すスミレもまた岐路に立たされます。ここで、108話の小人に象徴される「歌手として立身するか、それとも無条件に歓迎されるかわいさで媚びるか」のどちらかを選択する必要に迫られています。

 自分のみかけの美しさを誉められたことによって、エピソード中盤でスミレはモデルとしての自分の進路を意識し、また熱心に自分のシャンプーCMへの適性を語ってくれる担当(水谷さん)に対して後ろめたさを感じるようになります。ここで「喉の調子が悪くなる」という肉体的描写を入れることで、108話からなるスミレの息苦しさを象徴させています。

 本当にやりたい歌手としての将来か、適性のあるモデルとしての将来か。
 岐路において最後にスミレが選び取ったのは、歌手としての自分でした。その動機として機能しているのは、先述の「事後報告」の構造を活かした「過去のエピソードで動機を補強すること」、のみならず、スミレの姉:氷上あずさの存在も重要な役割を担っています。

 誰よりも歌手としての妹の才能を確信しているあずさですが、妹に対して直接助言を与えることをしませんでした。それは作中でいわれている通り「自分で決めること」を尊んでいるがゆえの決断です。ここでは「誰かに言われたからこうする」という選択肢そのものが(周囲に褒められたからモデルになる、という選択肢と同様に)無化されており、氷上スミレ本人の選択のみをお話の推進力として純化させていることがわかります。


2)タルト・タタン三態

 周囲から期待される進路を振り切り、歌手としての将来を選んだ氷上スミレ。ほとんど『それもきっとしあわせ』を連想しそうなほど切実なテーマが117話で語られているわけですが、歌手としてのスミレ自身の心裡を象徴しているのが『タルト・タタン』ステージの変遷です。

 103話ではいちごから受けとったロリゴシックのレアドレスで、108話では魔夜から認められたプレミアムドレスで同曲を歌っていたスミレですが、印象的なのは「最後に罅割れる鏡」の存在でした。


『タルト・タタン』のステージでは、鏡を挟んだ二人の氷上スミレが存在するという演出になっているのがわかります。103→108→117話の変遷を追ってきた今では、この演出の意図は明確です。氷上スミレのなかには「歌手としての自分・それ以外の自分」の未確定な選択肢が混在していて、その未確定な将来が「罅割れる鏡」として象徴化されていました。
 しかしついに、117話のステージでの鏡は罅割れることなく、それどころか氷上スミレの立ち姿を無限に見せる合わせ鏡の絵を最後に映し出すのです。

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[上:103話 中:108話 下:117話]

 まだ未確定だった氷上スミレの将来の可能性たちは、じつは対立するものですらなかった。
 自分の意思でひとつの将来を選び取った瞬間に、そこには無限の可能性が照射される。そんな氷上スミレ自身の未来を無言のうちに予感させる117話の『タルト・タタン』は、103→108→117話からなる氷上スミレの物語が到達した境地として恐ろしいほどの説得力を演出しています。


3)円環構造からの脱出

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 さて、ステージを終えたスミレが向かったのは、あかりたち同級生が待つ青空の下でした。
 ベッドルーム内から始まった117話は、ついに円環構造を脱して<外部>へ突き抜けます。スミレ自身の選択、タルト・タタンのステージ演出とともに、ここでついに氷上スミレが螺旋の外側に飛び出したことを無言のうちに説得している場面です。
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 そして117話は、誰よりも妹の才能を確信し、本当は誰よりも妹のことを心配していた氷上あずさの部屋のなかで終わります。スターライト入学当時の氷上スミレとそこに寄り添うあずさの写真立ては、タルト・タタンの合わせ鏡と同様にスミレの過去からなる現在の姿を思わせずにはいられないもので、完璧なエンディングだと言えるでしょう。


●まとめ

 103話でキャラクターの根幹となる動機を提示し、
 108話でそれを補強する通過儀礼を(吸血鬼モチーフをからめて)描き、
 117話で残されていた問題をすべて総括するという、
 この三話で為されている語り口の見事さは何度観ても驚くべきものです。三話それぞれが別の脚本家によって書かれているにも関わらずここまでの一貫性が保たれているのは、キャラクターそれぞれの成長をうまく見せることができなかった(そもそもキャラがほぼ完成されたまま出てきてしまっていた)シーズン2の反省が活かされているのだと思います。
 シーズン3後半からスミレは後輩:黒沢凛とともに組んだユニットで一躍脚光を浴びますが、その設定に違和感やご都合主義感がないのは、前半のうちに氷上スミレ個人の成長がしっかり描かれていたからに他なりません。

 100話以上続いているアニメシリーズだと見始めるのは気が重いかもしれませんが、まず103→108→117話からなる氷上スミレ三部作から観始めてみてはいかがでしょうか。


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●余談1:新条ひなきの成長


 氷上スミレと同様に、同級生の新条ひなきの成長の描かれ方もいい感じです。
 ひなきは序盤(104・105話)から「子役として長く芸能活動してきたけど、新しいことができなくていまいち突き抜けられない」という重めの悩みを抱いたキャラクターとして出てくるのですが、そういうシリアスな話をするときも一切暗い顔をしない、どころかわざとらしくおどけてみせる(~~なんだぜー、等)のがね、彼女の長年の葛藤を二重に偲ばせる感じですごくいいんですね。 

 そして第141話では、スミレでいう117話のようにキャラクターの成長がひととおり描かれたような感慨がありました。芸歴が長いためにへんに空気を読むようになってしまっていた新条ひなきが、空気を読むことを一切しない紅林珠璃とのユニット活動によってどんどん突き抜けていくのがね、もうたまらなくよかったですね。

「ウェンディ、僕といっしょに来てくれる?」
「ええ、ピーターパン。私をネバーランドへつれていって」
 のやりとりも最高によかったですね。アイカツ!は正しさや寛容さで大文字のセリフを言うことが多くてそれは間違ってないんですが、もっとこういうクサいセリフもどんどん入れてほしいと思います。


●余談2:大空あかりは大丈夫なのか


 氷上スミレ、新条ひなき、ときたらいよいよ次は大空あかりだ、と思うんですけども、シーズン3後半に入っての大空あかりの描写はどうも釈然としないものが多いです(個人的な意見です)。
 103話で霧矢あおいは「いちごは超人だからね」と言いましたが、現在の大空あかりはまるで超人のまねごとをしているような、そんな言動が目立つのが気になります。

 とくに133話で、いちごや美月を引き合いに出して後輩の天羽まどかを勇気づける場面は、あまりのセリフの唐突さと上滑り感に驚かされました。「超人のまねごと」らしきセリフといえば137話も同様で、出演前にドレスが見当たらないという緊急事態を前に「うれしいなあ」と一切動揺を見せずに超然とした態度で行動できているあかりの姿がありますが、それをもって成長したなあと感慨を抱くよりは「大空あかりってこんなキャラだったっけ……?」と首を傾げたくなるものです。

「大空あかりちゃんってそんなに物わかりのいい子だったの?」「あの星宮先輩から学んだのはその物わかりのよさだけだったの?」など、あまり言いたくはない感情が涌いてきたりもするのです。
 
 なぜスミレやひなきと比べてあかりの説得力が欠けているのかという原因は明白で、それは“大空お天気”という場をカジュアルな成長の場として便利に用いすぎたからだと思います。先述の通りスミレやひなきには歌手やモデルというそれぞれの進路での乗り越えがあったわけですが、あかりの成長というか「何かやれてる感」を上映できる場が大空お天気くらいしかなかった、というのが痛かったのでは。

 実際、大空お天気は直接語りかけるのではなく、番組の発信そのものによって他者に影響を与える(121話で京都の藤原みやびと通じあい、123話で瀬名翼にドレスの着想を与えたように)ことができる場でもあるので、それをもって大空あかりが周囲の中心にいると考えられなくもないのですが、やはり中等部ならではの粗さとか無軌道さとかでいちご世代とは違うものを見せてほしいのになあ、と思ってしまいます。

 これから大空あかりは氷上スミレ、新条ひなきとともにユニット:ルミナスを組むことになっているのですが、その過程でスミレ・ひなきと比べて至らない自分に葛藤したり、先輩ユニットであるソレイユとの格の違いを見せつけられて粉々になったりするくだりがなければフェアではないと思うのです。126話で「競争相手」と設定したスミレひなきとともにユニットを組み、今まで無条件に自分の味方でいてくれた星宮いちごも今では同等の競争相手でしかないのですから、このままいつも通りのアイカツ感で流れてしまったらそれはちょっとやだなあ、と思います。

 余談の余談(8/1追記)
 本記事のコメント欄の方を読んでいただきたいのですが、チュルボメガ回とドッキリ回のあかりちゃんはすごくよかったし、何より新曲の『リルビーリルウィン』の歌詞が“まだ足りていないことを自覚しながら楽しんでやっていく”というものになっていたので、自分としては次シーズン以降のあかりちゃんに関する心配はほぼなくなってしまいました。
 まだ余白の残っている明かりちゃんたちが、シーズン4の地方のアイドルたちとどう絡んでゆくのかがすごく楽しみです。


●余談3:氷上あずさという存在


 本文中で何度か言及しましたが、氷上スミレの姉である氷上あずさについて。
 氷上スミレは「姉に歌の才能を見込まれてアイドルになった」経歴の持ち主ですが、「姉が履歴書を送ってアイドルになった」という経緯はジャニーズ系列でテンプレです。いわゆるアイドルあるあるに回収できそうなエピソードですが、103→108→117話で連続して登場するスミレの姉:氷上あずさは、今までのサブキャラクターとはちょっと異質な存在感を持っているように思います。

 作中で提示されている氷上あずさのパーソナリティを整理すると、
・ロリゴシックのファンである
・ロリゴシックの衣装を自家製で縫製していて(コスプレ)、それがスミレに影響を与えた
・妹:スミレのアイドル・歌手としての才能に気付いており、スターライト学園への進学を勧めた

 というふうにまとめられます。氷上スミレがアイドルとしてデビューするきっかけとして姉:あずさの存在が多くを担っていたことは、本文中でふれたとおりです。
 しかし、それよりもむしろ、ここでは氷上姉妹をひっくるめた“氷上家”という存在の異質さについてふれておきたいと思うのです。


1)氷上家:徹底された母系家族


 シーズン3の登場人物では、大空家(父は地質学者で大学教授)、新条家(父はカメラマン)、紅林家(父はスペイン出身の料理人)とそれぞれ明確な存在感・職業感が示されているのに対して、氷上スミレのルーツでは父親の存在が徹底して捨象されているのです。あずさスミレ姉妹を通して氷上家の内情が描かれそうになる場合(103・106・108・117・126話)でも、描かれるのは母・姉・妹の三人ばかりで、徹底して“父・男性”の存在が捨象されているのがわかります。
 

2)「いいとこの子」じゃないとダメなのか?


 これが意図的なものなのかはわかりませんが、とにかく確かなのは「父親のようなファンダメンタルな存在のかわりに妹を応援している存在」、それが氷上あずさだということです。
 類例では、第139話でスターライトの名物的教師:ジョニー別府の家庭が「早くに父親を亡くし、兄(ジョニー)が妹(エリサ)の父親代わりだった」という内情を抱えていたことが明らかにされましたが、この別府家(?)のありかたは氷上家のアナロジーとしても見ることができると思います。

 父親の不在のなかで、妹のアイドルとしての才能に賭けたあずさ。
 父親の不在のなかで、兄のダンサーとしての才能に賭けたエリサ。
 というふうに、両親が並び揃っていない状況でも、家族の支援によってせめてものブレイクスルーの糸口を掴む、というような、そういうお話がもっと見たいんですよ……! ジョニー先生だって、父親が早世して長男しかいない状態でダンサーを目指したってすごいことですよ。たぶんジョニーも一度はダンサーの夢をあきらめてカタギにならなきゃって考えたはずなんですよ。でも彼がダンサーになれたのは絶対に妹と母の支援があったはずなんですよ。そういうくだりを本編のアイドルで観たいんですよ!

 だってアイカツ!に出てくるアイドルたちって、みんないいとこの子ばかりなんだもの(大空あかりちゃんでさえ父親が学者で教授だという設定を突き付けられた日には、「やっぱりいいとこの子じゃねぇか!」と叫びたくなったものです)。

 そういう意味でも、(個人的に)本編での氷上スミレの物語には色々と期待することが多いのです。
 117話での氷上あずさの姿を見ると、妹の可能性に賭けながら自分は自分の日常をこなしている、その「劇的でなさ」に打ちのめされるのです。自分は「買い物いかない?」「いいねー」みたいな何一つ劇的でない日常をこなしながら、妹の才能がいつか報われることを信じて待っている、その「劇的でない毎日を待ち続ける」存在が氷上あずさというキャラクターの異質さであり、今までのアイカツ!にはなかった役割だと思います。

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 実際、あずさが本当にロリゴシックというブランドのファンであったかどうか、その真偽はわからないわけです。
 もしかしたら、最初から妹の興味を惹き付けるためにロリゴシックの衣装を縫っていたのかもしれない。べつにブランドのファンでも何でもなかったのかもしれない。
 しかし、108話でブリティッシュコーデを着たスミレの姿を目にして「スミレ、すっごくかわいい」と目を輝かせるあずさの姿には、「自分はできなかったけれど、この子ならどうにかしてくれるかもしれない」という、薄皮一枚の、賭けの喜びがあり、その姿にどうしようもなく打ちのめされるのです(賭けという点では、のちに氷上スミレとユニットを組むことになる黒沢凛も同じです。凛は、サニーやジョニーがいつか二人の道が交わる結果としてのアイドルとして想定され、その役割を見事担ったのでした)。


●余談4:夢小路魔夜さま


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 魔夜様💗💗💗💗💗💗💗💗すてき💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗笑顔もかわいい💗💗💗💗
すき💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗💗

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13 Comments

サバみそ  

毎度毎度アイカツ!の記事には感心してよませていただいてます。
スミレちゃんの成長描写は3年目の中で飛び抜けて丁寧に描かれていますよね。「いいと思います」ではなく「変じゃありません」と言わせたり、大空の下で走る姿で締めたり、「殻を破ってる」雰囲気が凄く出ているように感じました。
それだけに、あかりちゃんには頑張っていただきたいところ。なにが酷いってあかりちゃんの良さとして言及されている「諦めの悪さ」が全くいかされてないんですよね・・・

2015/07/22 (Wed) 09:43 | EDIT | REPLY |   

甘粕試金  

Re: タイトルなし

>サバみそ 様

こんにちは。コメントありがとうございます。

シーズン2のあかりちゃんは、地道に辞書を引きながらいちごちゃんの英語の記事を訳したり、どんくさいながらもちゃんと頭と体を使ってやれてる感じが出ていたので好きでした(そういう意味では学者の父を持っているという設定もある程度は納得できるのです)。

ただ本文中でも書きましたが「ものわかりがよすぎる」ように見えるのが問題で、それが今後どう変わっていくかが不安でもあり楽しみでもあります。

2015/07/22 (Wed) 12:12 | REPLY |   

雲  

No title

興味深く読ませていただきました。鏡の描写にはこの記事を見てはじめて気づき、驚きました。

すみれちゃんやひなきちゃん、ほかの子もみんなしっかりと成長を描かれているものの、いまのあかりちゃんはなんとなく小さくまとまってしまっているように感じています。
あかりちゃんには、いちごちゃんのような天才肌が持つがんばればできてしまうような感じとは違った、もっと泥臭いものを見せてほしい気持ちがあります。

2015/07/22 (Wed) 21:19 | REPLY |   

甘粕試金  

Re: No title

>雲 様

 こんばんは。コメントありがとうございます。

 本文中ではちょっと辛い書き方をしてしまいましたが、現時点でのあかりちゃんの至らなさ(というかスミレちゃんひなきちゃんと比較しての描写の足りていなさ)は、これからルミナスを結成して展開されるお話の重要な原動力になるのではと期待してもいるので、やっぱり主人公としての大空あかりちゃんのこれからについては楽しみなところです。

 かならずしも大きな失敗や挫折をすること自体がイコール成長につながるとは思いませんが、いちごちゃんが美月さんとの共演で感じさせられた格の違いみたいなものにあかりちゃんもぶつかってほしいなあ、と思います。
 それは逆に、いちごちゃんがかつて先輩として立ちはだかっていてくれた美月さんの立場を理解することでもあるし、いちごちゃん自身の成長にもつながると思うので。

2015/07/22 (Wed) 22:46 | REPLY |   

イッフー  

No title

更新されてるー!皆様のコメントに便乗します。
いつも読ませていただいてます。サブカルに詳しくない自分にとっては難しい記事もありますが、デイトリッパーの記事など、まさに目から鱗な記事が多くて大変おもしろいです。
あかりちゃんについては私も不安ですが、このまま終わらせる加藤さんではないでしょうし、終盤に期待します。今更になってももう遅いと思っていましたが、クイーンカップを春開催にしたことで9月にトップになる必要性はなくなりましたし。

あと、私は89話のポニテの魔夜さんが好きです。はい。

2015/07/25 (Sat) 14:00 | EDIT | REPLY |   

甘粕試金  

Re: No title

>イッフー 様

 こんにちは。コメントありがとうございます。
 あかりジェネレーションはシーズン3とシーズン4を通してじっくり描いていきそうなので、ソレイユがツアーから帰ってきてどうなるかが見所ですねー。
 今週のお話(143話)では一年生の頃のようなぼんくらっぽいあかりちゃんの姿が見られたので、それだけでなんだかうれしくなりましたね。

 ポニテ魔夜さまはほんと素敵です。魔夜さま〜〜

2015/07/25 (Sat) 14:51 | REPLY |   

U's  

No title

アイカツの考察いつも読ませていただいています。
3年目後半はあかりちゃんがいかにも先輩然とした感が唐突に出すぎていて、なんとなく不自然な感じはしていました。
先週はチュパチュパチュルボメガもかなりツボでしたが、舞台がアイカツブートキャンプの島だったのはあかりちゃんが今後どこかで原点に立ち返るキーポイントになるんじゃないかなーと個人的には考えています。
メイン3人のうちスミレちゃんひなきちゃんの成長を描いたところで、DCD6弾も始まるこれからの2ヶ月であかりちゃんがいかに成長していくか楽しみなところです。

余談ですが、以前の「MY SHOW TIME!」の考察すごく気に入っています。アニメ自体は前から見ていましたがDCDを始めたのはつい最近、それも凛ちゃんがきっかけなので…。せっかくですからここで告白させていただきます(笑)

2015/07/27 (Mon) 20:07 | REPLY |   

甘粕試金  

Re: No title

> U's 様

 こんばんは。コメントありがとうございます。
 スミレちゃんについての記事なのにあかりちゃんに関するコメントばかり並んでしまってちょっとどうなのかって思いますが(笑)。チュルボメガ回はよかったですね。
 DCDの新展開の情報を見ていると、ルミナスは本編でも継続的に活動していくようなので、スミレちゃんひなきちゃんと一緒にあかりちゃんがどう変わっていくのかが楽しみです。

 過去の記事についてのコメントもありがとうございます。
『有栖川おとめとジュディ・ガーランド』『ダンスと人形とストロンボリと』を書いたときは色々なことにムカついていたので(今でもムカついていますが)、「アイカツ!について書いているのにアイカツ!以外のことについて書いている」というすごく読みにくい文章になっていると思うのですが、そう言って頂けると幸いです。

『MY SHOW TIME!』は本当に素晴らしいですね。あかりジェネレーションの楽曲でもダントツで好きです。
「ジョニーやサニーがいなければアイドル黒沢凛はいなかった」という本編でのメッセージと「ダンス☆マンやLOVEマシーンがなければMY SHOW TIME!はなかった」という楽曲上の影響が完全に合致しているのが素晴らしいです。編曲も完璧ですし、初めてCD版の間奏とラスサビへの入りと聴いたときはたまらず号泣しましたよ。

 あの記事の中で一部引用しましたが、乗越たかおさんの著書(とくに『ダンス・バイブル』『どうせダンスなんて観ないんだろ!?』)もぜひあわせてお読みください。

2015/07/27 (Mon) 21:44 | REPLY |   

或忍  

No title

アイカツの考察記事、一アイカツおじさんとして興味深く読ませて頂いております。

皆さんの仰るあかりちゃんに対する心配ですが、セカンドシーズンの80,96,97話の困難の乗り越えを経て101話の独り立ち以降は壁らしい壁にぶつかっていないのが理由なのかなと思っています。

あかりジェネレーションの第一話(通算で102話)の時点で入学から半年が経過している故(いちごちゃん世代の有栖川おとめちゃんや藤堂ユリカちゃんと同列ですかね?)のカジュアルさなのかもしれませんが、他の子達の成長を観ているとあかりちゃん自身の成長ぶりが見えないorどこかズレているという点は同意できますね。

これでアイカツスタッフが「次のシーズンで、あかりジェネレーションの子達が壁に当たりまくり、それを乗り越えます」と言ってくれたら面白いのですけどね。

追記:

7月26日のアイカツスターズのイベントで、ひなきちゃんと珠璃のやりとり

「ウェンディ、僕といっしょに来てくれる?」
「ええ、ピーターパン。私をネバーランドへつれていって」

これをアイカツスターズのみきさんとみほさんが実演してからワンコーラスとはいえ『サマー☆マジック』を歌ってくださったという……

2015/07/31 (Fri) 22:24 | REPLY |   

甘粕試金  

Re: No title

>或忍 様

 こんばんは。コメントありがとうございます。

 余談で書いたのが長引いてしまっていますが、チュルボメガ回とドッキリ回のあかりちゃんはすごくよかったし、何より新曲の『リルビーリルウィン』の歌詞が“まだ足りていないことを自覚しながら楽しんでやっていく”というものになっていたので、自分としては次シーズン以降のあかりちゃんに関する心配はほぼなくなってしまいました。

 あと(自分で書いておいて何ですが)壁にぶつければそれが即・成長になるという描き方をアイカツ!は避けてきましたし、シーズン3時点ではこの塩梅でよかったなあとも思っています。ほぼ本文の内容全撤回ですが。
 逆に、シーズン4以降の地方のアイドル感じがツイストかかった感じの描き方がされればそれはそれは面白いだろうなあ、という期待も大きいです。

 >7月26日のアイカツスターズのイベント

 自分は生で観ることができなかったのですが、ツイッターでそのステージのことは知りました。
 いいですねえ。そういうのは……すごくいいです。

2015/08/01 (Sat) 00:37 | REPLY |   

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パートナーズカップ時に後の2wingSを見て、いつか自分も先輩みたいなユニットを組みたいと言っており
憧れる側の立場だったあかりちゃんが逆に後輩の意思を汲み取るのは殊更おかしい事だとは思えませんね。
ドレス探しに関してもいちごちゃんだったら考えるより先ず探すタイプだと思います。
最初にファンへの感謝が出てくるのは超然としてるのではなく、自分も過去にファンと同じ立場だったからこそのあかりちゃんらしい流れだと思いました。

2015/08/01 (Sat) 12:18 | REPLY |   

甘粕試金  

Re: タイトルなし


 こんにちは。コメントありがとうございます。

 たしかに、あの描写はファン目線から始まったあかりちゃんならではの成長ですね。

 ただ、自分は「まどかちゃんに教えてあげるあかりちゃん」より「まどかちゃんとの活動を通して逆に教えられてしまうあかりちゃん」を見たかったのかもしれません。これは単に“じぶんのみたいアイカツ”の話になってしまいますが。

2015/08/01 (Sat) 14:25 | REPLY |   

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2016/02/05 (Fri) 15:17 | REPLY |   

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